千社詣(せんじゃもうで)と言われる習俗がある。
願い事が叶うように数多くの社寺を巡拝し、お参りした社寺にその証として参拝者が手書きのお札を納めていく。
そのお札は千社札(せんじゃふだ)と呼ばれている。
金剛寺や観心寺には、その千社札が数多く貼られている。
札は、千円札より少し長く、幅は少し狭い長方形。勘亭流などの書体で自分の出身地や名前などを記し、社寺の建物の柱や天井などの高い所に目立つように、あるいは「隠し貼り」といって分かりにくい所に貼っていく。
お札を貼る礼儀は、既に貼ってある札の上に自分の札を貼らないことだけである。
西国三十三箇所の巡礼では、本来、写経したお経を納め、その証として納経帳に寺院の印を押してもらう。この場合、参拝の証はあくまで寺院が発行するが、千社札は参拝者自らが意匠を凝らした独自のお札を作り、これを参拝の証としている。
従って、寺院の規格化された印を集印帳に押印してもらうのと異なり、この千社札の習俗には、札を作る、貼る場所を探すなど参拝者の積極的な行動が求められる。
特に札は、参拝者が自ら作るため個性的で独創性に富み、表現力も豊かで意匠的にも優れ、参拝者の自己顕示欲を満足させるに十分のものである。
しかしながら、最近では、社寺そのものが参拝の対象から観賞の対象へと変わり、この千社札の習俗は、文化財を傷つけるものとして法的にも問題を生じている。平安時代に花山院が始めたとされるこの習俗が、今後、廃れていくのは、時代の大きな流れとしてやむを得ないとしても残念である。絵馬を掲げたり、凶のおみくじを取り付けたりするように、千社札専用の掲示板があればと願うものである。
(永峯藤太)