奥河内 天見茶屋出の蘇民将来(そみんしょうらい)

1:「蘇民将来」説話とは
(1)「武塔(むたふ)の神(=速須佐雄(はやすさのお))が、宿を借りようと将来兄弟に頼んだが、豊かな弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は、それを断った。
しかし兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は、貧しかったが宿を貸してもてなした。
それから数年後、武塔の神は蘇民将来の家に行き、以前の恩返しをしようと、蘇民夫婦とその娘に茅で輪(ちのわ)を作って腰に付けるように命じた後、弟・巨旦一族を厄病で滅ぼしてしまった。
そして武塔の神は、今後厄病がはやったら、腰に茅の輪を付け蘇民将来の子孫と言えば、その災いから逃れられると伝えた」
(2)これが鎌倉時代・末期、卜部(うらべ)兼方になる『日本書記』の注釈書『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』に引用された『備後国風土記』逸文である。
(3)この説話は、茅の輪が持つ呪力を神が人間に教え、選ばれた家族のみが滅亡の危機から救われると言う話で、ここに登場する武塔の神は、一般に客神(まれびとがみ)とか来訪神とか呼ばれている。

2:起源
(1)『備後国風土記』に記述があることから、この蘇民将来の説話は、鎌倉時代に備後国(現・広島県)で発祥したと考えられていた。しかしながら、
(2)長岡京で出土した蘇民将来の護符は、奈良時代末期(790年代)のものと推測され、この説話は、もう少し古くから存在していたようである。

3:信仰の内容
(1)基本的には、日本各地に伝わっている「無病息災を願う信仰」の一つで、「茅の輪くぐり」の神事や「蘇民将来」と記された護符や注連縄が今に伝えられている。
(2)この伝承は、備後国を発祥の地としながらも、現在、西日本よりもむしろ、信州や関東、越後、東北など東日本に広く分布している。

4:茅輪神事
(1)茅輪神事(ちのわしんじ)は、「茅の輪くぐり」とか「輪越祭(わごしまつり)」とも言われ、
(2)茅(ち=かや)で作られた輪を潜り抜けて、罪や穢れを取り除こうとするものである。そして、
(3)茅の輪は、元々『風土記』に見られるように腰に付けるほど小さかったが、時代と共に大きくなり、今では、これを潜るようになっている。

5:護符
(1)護符や注連縄 武塔の神が人間に除災・除難の法を授けたことにより、護符は、災厄を払い厄病を撃退し福を招く印として崇められ、門口に「蘇民将来子孫」とか「蘇民将来子孫家門」と書かれた御札が貼られている。
(2)形体分類
①材質:  木製(a~d)と紙製(e)の二種類
②形状:
a:六角形(多い)又は、八角形(少ない)のこけし形
b:四角形、六角形、八角形の中心に穴が穿たれ、そこに紐を通し吊り下げる印籠形
c:お札形(板状)
d:注連縄(お札付き)(写真のもの)
e:お札形(紙のお札にこよりを付けたもの)

6:客人・稀人(まれびと)信仰
(1)来訪者(異人、まれびと)に寝食を提供して歓待 する風習は、来訪者を異界からの神と考えた「まれび と信仰」に由来し、これは稀(まれ)に外部から歓待す べき人(≒神)がやって来ると言う信仰で、外来者歓 待の思想に基づく来訪神信仰である。  (2)「まれびと」とは、稀に来る人・客人の意で、
(3)これらの神は、天上から山上や神木を経由して人  間界に降りてくる神ではなく、海の彼方の聖地や楽土 (沖縄のニライカナイ信仰など)などから、旅人としてやって来る神である。そして、
(4)まれびと神は、歓待すると人々を祝福するが、粗末に扱うと祟りや災いをもたらす神でもある。
(5)そのため、人々は、旅人にも異界からやって来る「まれびと神」と同じように接してきた。
(6)日本の祭りには、「秋田のナマハゲ」や「盆に帰ってくる祖霊」などに見られるように、神などが現世と異界を行き来するまれびと信仰がその根底にある。
そして現世の人間は、異界から訪れる神と「神と人間」という関係を越えて日常的に親交し、その関係は極めて近く、また深かった。

7:類似すること
まれびと(来訪者・客人・稀人)などは、次に分類できる。
(1)「まれびと」 ⇒ 扱い方によって禍福が決まる ⇒ 災いを科す
弘法大師などが代表的で、「清水」を湧出させたり、水を塩辛くして罰する「小塩、加塩」ので、大師は「まれびと」として描かれていることが多い。
(2)「まれびと」の一種 ⇒ どのような扱いを受けても助け、支援する ⇒ 災いを科さない
謡曲『鉢木』に見られる最明寺(北条)時頼、あるいは「ドラえもん」そしてまた、医療ドラマ「JIN-仁」、さらには、今回の東日本の大震災で、駆けつけた多くのボランティアたち。
この時頼やドラえもん、あるいは仁やボランティアの人たちは、手を差し伸べた人たちにどのように扱かわれようと、何の災いも科すことがない。ただ助け支援する。
「まれびと」の一種と言えるであろう。

8:蘇民将来の護符は、どこに
※ 河内長野市天見 茶屋出の民家

9:選ばれた民
神によって認められた「正義の人・ノア」の家族以外は、ことごとく滅ぼされてしまう洪水物話が 「ノアの箱舟」神話として旧約聖書に登場するが、これは、蘇民将来説話と同じように選民思想がその根底にある。
いわゆる「神に選ばれた人=選民は、災いから救われる」と言う説話である。

10:俳句
* 母の分 もひとつ潜る 茅の輪かな(小林一茶)

 (横山 豊)