千早口から東に少し行くと塞の神が祀られている。
この神さまは子沢山で貧しかったと言われ、毎年10月、出雲に帰るにもその衣装にすら事欠いていた。そこで藁に火を付けて家が焼けたように装い、出雲に帰れないとその惨状を訴えたと伝えられている。
それに比べると、我が家は「七福神が取り巻いて」おり、この神さまより少しはマシかと思っていたら、とんでもない。「貧乏神の這い出る隙」も無かったとは・・。
しかもこの神さまは、年中我が家に鎮座坐(ましま)している。さらに当家では、「山ノ神」まで合祀され、かくも神々しい世界に小生は活きている。
昔の人は、現在の当家の事情を巧く表現している。
「我が家を 七福神が 取り巻いて 貧乏神の 這い出る隙も無い」と。
そして近隣の住人たちは、
「このうちは 貧乏神が 取り巻いて 七福神の 出どころもなし」と当家の経済状況を的確に把握、さらに「貧乏神 我が家には、神無月でも御座(おわ)します」と神と共に歩む生活を高らかに詠っている。
かくて小生は、山ノ神と貧乏神の二神と同居、寝食を共にする中で、この二神の霊験あらたかなるものを日々実感している。
(野寄史郎)