南海・河内長野駅から石川に向かって坂を下ると、現在、河内長野で唯一の造り酒屋・西條酒造がある。西條酒造といってもピンとこないが“天野酒”という銘柄を言うと知っている人が多い。
この店先に杉の葉を束ね、球状に丸く刈り込んだものがぶら下がっているが、これが ”酒林(さかばやし)“である。
酒の神・奈良の大神(おおみわ)神社で行われる酒祭りの神事「酒栄講(しゅえいこう)」では、杜氏(とうじ)が集まって酒造りの安全を祈願するが、この時、御神体の三輪山の御神木・杉の木で、酒林が作られ拝殿に祭られた。そして参拝した酒屋にもこの酒林が授けられ、各地の蔵元もそれを持って帰り、護符として吊るすようになった。これが、酒林(さかばやし)の始まりと伝えられている。
“酒林(さかばやし)”は、酒の異称「掃愁箒(そうしゅうそう)」の酒箒(さけぼうき)が転訛したという説もある。それにしても、酒の別称「掃愁箒(そうしゅうそう・うれいをはらうほうき)」とは、言い得て妙。
香りの良い杉の葉で作られた酒箒が、愁いを払い良い気分にさせてくれる。さらにまた杉の木には、酒の腐敗を防ぐ殺菌効果があり、樽や枡にも使われてきた。芳醇な酒を杉の木がさらに引き立てる。ここに日本酒の醍醐味がある。
「今年の新酒の搾り始め」を知らせるために、最初は青々とした酒林が軒に吊るされるが、しばらくすると、新酒も熟成され、芳醇な味わいが醸し出される頃には、杉の葉も茶色く色づいてくる。酒林の変色は、人々に新酒の熟成度を示しているのである。
この風習は、日本だけでなく、古くは西欧諸国にも広く分布していたようであるが、現在でもドイツやオーストリアに存在しているとのことである。オーストリアの居酒屋では、“松の枝”を束ばねて店先に吊るすそうであるが、日本と西欧、その材質(杉と松)には差があるが、よく似た酒の文化を持っていて人間のすることは洋の東西に関係ないと感心する。
なお、酒林の形状には、箒状(掃愁箒)に杉の枝葉を束ねたものや、俵状や鼓状のもの、球形のもの、さらにそれに屋根を付けたもの(西篠酒造)や注連縄を巻いたものなどがある。
近年では、酒林(さかばやし)が酒造りの安全祈願や新酒の醸成度を示すという本来の目的から離れ、単に酒蔵のシンボルに、あるいは、酒蔵周辺の民家の軒飾りとして何の目的もなく吊るされているが、これでは、日本の酒文化の崩壊にも繋がりかねない。
数年前、市外の人から、河内長野は造り酒屋が多いのですねと皮肉を言われた。酒造りと何の関係もない家がやたらたくさんの酒林を吊るしているのを見て異様に感じられての発言であった。
さらに、“酒林(さかばやし)”を“杉玉”と表現する人もいるが、そのような呼称のものは存在しない。
我々は正しく日本語を伝えていくべきと考えるが、いかがであろうか。このようなことをしていては、かえって日本の酒文化の崩壊につながらないかと危惧する。
従って、このような酒林は、造り酒屋一軒で良い。近隣の民家まで酒林(さかばやし)の言われも伝統も知らずにこのようなことに参加、協力すべきではないと考えるが、いかがであろうか。
興味深い川柳がある。
* 村酒屋 軒に天狗の 巣をつるし
(酒林は、酒屋の看板であるが、天狗はその杉の木に棲むと考えられていた)
* 杉つ葉の 玉ぶら下げる 村酒屋
(村酒屋にも酒林がぶら下がっている)
梅園 光(うめぞの ひかり)