南海・三日市町駅から南に下ると法憧山地蔵寺が建つ。通称、新町の庚申堂である。
有名な四天王寺の庚申さんは、摂津の国にある。しかし河内の国(一国)では、唯一この新町の庚申堂しかない(一宇)と言われ、ここに「一国一宇庚申」と刻まれた石碑も建っている。
道教の教えでは人間の体の中に三尸(さんし)という虫がいて、庚申の夜に寝てしまうと体から抜け出し、天帝にその人の罪過を報告すると言われている。そのため人々は、その夜は寝ずに夜を明かしたようである。
悪病や災いを連れてくるこの三尸の虫は“コンニャクが苦手”、“猿は大嫌い”と言われている。
特に猿が毛繕いをしている姿は、三尸の虫を取って食べている姿に見え、猿を見ると三尸の虫は逃げてしまうとの言い伝えがある。
そのため猿は「庚申の使い」と考えられ、庚申(こうしん・かのえさる)の申(さる)は、猿と同義で、“魔除”の力があり、“三尸の虫退治”の俗信に発展してきたようである。
従って、“庚申待ち”とは、本来“長寿を願う信仰”であったが、「申⇒ 猿⇒ 三尸の虫退治⇒ くくり猿⇒ 魔除⇒ 病気平癒⇒ 災い封じ」へと変化・拡大解釈されていったと考えられる。
そして今では、くくり猿は、“災い転化”の“おまじない”や“お守り”と考えられている。
綿入りの赤く四角い布、まるで赤い座布団のようなものの四隅を手足に見立て、それに頭を付けて猿の形にしたもの、手足を縛られて動けない姿の猿“くくり猿”がこの庚申堂の柱に括り付けれている。
猿は欲望のままに行動するが、その姿は人間が邪欲のままに行動することと何ら変わらない。そこで人間の心底に住まう欲望が動き出さないようにと、猿を“人間の身代わり“にして、庚申さんにくくり付けてもらっている。これが“くくり猿”とか、“身代わり猿”とか呼ばれているものである。
従って、“くくり猿”とは、人間の欲望そのものを表し、その姿を見ることによって、人間が欲望のままに行動しないように戒めるためのものである。同時に、くくり猿は、猿が持つ“魔除の力”によって、悪病や災いが家の中に入って来ないように家の軒先に吊るされるお守りでもある。
なお、くくり猿の体内には、庚申さんの本尊・青面金剛(しょうめんこんごう)の分霊や護符が納められていると言われている。
ちなみに、この猿が赤いのは、赤は古来より“魔除の色”とされ、鳥居や地蔵の涎掛けなど“厄除け”の効果がある色と考えられてきたからである。
それにしても、手足をくくられ“人間の身代わり”にされた猿、これを見て本当に自らの行動を慎まなければならないと思う。
中洲行仁(なかず ゆきひと)