南海・三日市町から東に歩を進めると延命寺に至る。
当地はかって“鬼住”と言われていたように“鬼”にまつわる伝承が語り継がれ、そして当寺には、鬼を退治したと伝えられる弓矢も残されていて、おとぎ話の世界が今も生きているようで興味深い。
当寺に美しい構成美を誇る庫裏(くり)がある。
庫裏は、寺院における伽藍の一つと考えられ、元々は僧侶が住まいする場所であり、食事を調える所、いわゆる台所でもあった。しかし最近では住職やその家族が居住する所になっている。
庫裏は、禅宗寺院の庫院(くいん)から発展してきたもので、小さな寺院では、住職の居所と客殿を兼ねた方丈と僧侶たちの居室や食堂、厨房を兼ねた庫裏とが組み合わされ、これが現在我々が見る寺院での伽藍配置となっていったようである。
なお庫裏の「車」は、“物を蓄える蔵”、「裏」は“内”を意味するそうである。そして庫裏では韋駄天(いだてん)が祀られていると聞くが真偽のほどは良く知らない。
延命寺の庫裏。実に美しい。縦横に交叉した梁材が織り成す景色は“美しき構成美”と言える。本堂よりも巨大な建築物を内部で支えている梁や柱の木組は、どのようになっているのであろうか。
昔、鳥取の民家の屋根裏を見たことがあるが、その時、縦横に組まれた梁や柱を見た時の感動が今も蘇えってくる。曲がりくねった部材が組み立てられていたが、そのような材料を組み上げていくことは、大工にとって腕の見せ所であったと聞く。
しかしながら当寺の庫裏では、天井が張られていて残念ながら内部の木組みを見ることが出来ない。
庫裏の屋根は、“切妻造り”で、必ず“妻入り”し、“煙出し”もある。そのため庫裏では、妻部で見せている木組みが、そのままこの建屋の奥に向かって走っている。
当庫裏では、色焼けた梁と柱、ねずみ色に薄く変色した白壁や屋根の直線を和らげるように鬼瓦と懸魚が上下対称的に配されている。そして木組みの中央の梁を大きく見せて妻部全体に安定感を与えている。さらに妻部では、建屋の中心を左に少しズラせた小振りの千鳥破風の玄関が設けられ建屋全体に変化をもたせている。
屋根の緩やかな曲線と柱や梁の直線の組み合わせ。ここには尖った景観は少しも見られない。さらに千鳥破風の三角形と柱と梁の組み合わせが作る四角形を和らげるように華灯窓や連続華灯窓が配され、これが建物全体に柔らかさをもたらし、落ち行いた雰囲気が醸し出されている。
当寺は修行の寺と聞く。本堂を超える大きな庫裏が造られているのは、ここに多くの僧侶が寝食を共にして修行に励んでいたことの名残であろうか。
寺院では本堂が主役、そして多宝塔や子院などは、脇役であろうが、庫裏は居所や台所などのため脇役のさらに脇役である。しかしながら美しい構成美を見せる庫裏こそ“葉隠の美”といえるであろう。私はこのようなたたずまいを見せる庫裏が特に好きである。
九十九 肇(つくも はじめ)