黄菖蒲、奥河内の延命寺を彩る

菖蒲奥河内の延命寺に桃の木で作られた「鬼退治の弓」が伝わっている。
伝承では、悪鬼を射て退治した時に使われた弓と言われ、『観音冥応集(かんおん めいおうしゅう)』には、次のような記述がある。
「鬼を射たる弓矢、今に伝えて延命寺にあり。今に至るまで村の老(おきな)、鬼を射るの法を学びて、正月六日毎年これを作(な)せり」と。
鬼退治と言えば、一般的には「節分の豆まき」があるが、当地では、毎年「駆鬼(くき)の式」が行われ、「鬼を射るの法=弓術」を学び伝えてきたようである。
このように「駆鬼の式」を毎年行い、弓矢の術を伝承していくことは、尚武(しょうぶ)の思想がその根底にあるからと推察される。「尚武」の節句は、菖蒲「菖蒲」の節句に通じ、武勇を重んじる思想に発展してきたものと思われる。そしてまた菖蒲の葉は、剣を連想させるものでもあった。

この寺に花菖蒲(しょうぶ)が咲く。
菖蒲と聞くと「いずれが菖蒲(あやめ)か、杜若(かきつばた)」と言う言葉を思い出す。ショウブもアヤメも「菖蒲」と書き、同じ文字である。そこにカキツバタが咲き、ヤヤコシイが、さらに菖蒲と花菖蒲がこれらの関係をもっとややこしくしている。
ここで知ったかぶりをして、少し整理してみると、アヤメ科には「アヤメ」と「花菖蒲」と「杜若」がある。そして葉の形だけが花菖蒲に似ている「菖蒲」があるが、これはサトイモ科でアヤメ科のものとは異なる。なお5月5日の端午の節句に菖蒲湯に入れるのは、この菖蒲である。菖蒲には、葉や根茎に芳香があり、古くから邪気を祓う植物と考えられてきたが、今も続く「菖蒲湯」がそれを物語っている。
菖蒲
ここでこのヤヤコシイ「アヤメ」と「花菖蒲」と「杜若」を区分してみると、次のようになる。
菖蒲(アヤメ)は、畑などの乾燥地で咲き、花は小さく、背丈も30~60Cmと低い。開花時期は、5月中旬から下旬。花弁の弁元に黄と青紫の「網目状の模様」がある。
杜若(カキツバタ)は、水辺などの湿地に咲き、花は中ぐらいで、背丈も50~70Cm程度。開花時期は、5月中旬ごろ。花弁の弁元に「白い目形模様」がある。
花菖蒲(ハナショウブ)は、畑地などの乾燥地でも湿地のいずれでも咲き、花は大きく、背丈も80~100Cmと高い。開花時期は、5月下旬から6月下旬までと長い。花弁の弁元に「黄色い目形の模様」がある。
菖蒲従って、水辺で咲くのは、「花菖蒲」か「杜若」。畑で咲くのは、「アヤメ」か「花菖蒲」と言うことになる。
そして最大の見分け方は、花弁の弁元の「色と模様の有無」である。「白なら杜若、黄色なら花菖蒲、網目模様ならアヤメ」である。

なお「いずれがアヤメか、杜若」の本来の意味は、いずれも「優劣付け難い」ほどの美人と表現する時に使うが、最近では、元々優劣が付けられないのであるから、敢えて優劣を付けず、両者の「素晴らしさ」を強調する時に使っているようである。ただ単に、よく似ていて、見分けが付き難い時に使うのは間違い、誤用である。
延命寺の花菖蒲は、緑織りなす森の中、美しい彩を放って初夏の池面に揺れていた。
なお河内長野市内では、寺池の菖蒲園(アイリスの谷)でも花菖蒲が楽しめる。

                            西風狂散人(かわちのふうきょうさんじん)