奥河内・唐久谷の塞の神、今も家屋敷を守る!!(その1)【奥河内 神仏見楽記】

塞の神お社河内長野の南に唐久谷(からくだに)と呼ばれる集落がある。
この谷間の集落に入って行くには、南の流谷(ながれだに)から上峠を越えて当地に至る道と、東からは、南海の千早口から地蔵寺の前を通り、学文峰(がくもんほう)から派生したジルミ峠を越えて来る道とがある。いずれも峠を越える山道である。しかも西からは山が迫っている。
そのため唐久谷へは、加賀田街道の神納(こうの)から唐久谷の川に沿って遡って行く道しかない。
塞の神お社当地の谷は深く、山の裾野には田畑が開け、唐久谷橋を渡ると15軒ばかりの集落が山路に沿って続いている。
ここには俗界を離れた別世界の観があり、当地はまさに奥河内の隠れ里である。

この唐久谷の旧家のU家の裏の崖下に「塞の神(さいのかみ)」が祀られている。
祭神はお社の中の五個の丸石で、その丸石の神が「塞の神」と呼ばれ、当家の屋敷神である。
筆者が訪ずれた日は、その祭神のお社を新しいものに取り換えられているところであった。
当祭神は、お社を新しくしても、今まで祀られていた所と同じ場所にまた祀られ、伊勢神宮のように遷宮はない。
お社の柱は、礎石の上に据えられないで直接、地中に埋められる掘立柱である。そしてやや大きめの丸石を五個、お社の中に、そしてそれよりも小振りの丸石はお社の周りに祀られる。
塞の神お社お供えは「お神酒」と「塩」とお酒でとかれた「お米」とその上に五粒の「小豆」が置かれる。小豆が五粒ということは、丸石神の祭神の数だけ供えられるからであろう。そして鈴が取り付けられ、榊などが飾られ、ロウソクに火が灯され、お社の前に野菜や果物が供えられる。
聞くところによると、お社の建屋寸法は、全て奇数で、またお社の造営には釘を使ってはならないとのことである。
全ての準備が終わると「身滌大祓(みそぎのおおはらい)」が上げられ、さらに般若心教の読経が行われ儀式は終了する。

当家では、子どもが生まれると丸石を当社に納め、その子が無事に育つように祈ると、また赤子のお食い初めの時、川原から丸石を拾ってきて食膳に供え、食い初めが終わるとその丸石をもとの川原に戻したとのことで、この塞の神は「産神(うぶがみ)」さまとも呼ばれている。
塞の神お社一般的に、塞の神は、村に入って来る災いや病気あるいは悪霊などから村を守るために祀られるが、ここでは「屋敷の守護神」とみなされ、また子供が生まれた時から関わりをもつ「子守り」や「子育て」の神とも考えられる。
なお、この塞の神は、柿が大好物で、祭日には渋柿で作られた柿餅をお供えするようである。
(H26・5・6 見楽)

楠菊亭梅光(なんぎくてい ばいこう)